音楽



スティービー・ワンダー R&Bの巨匠ですね
ジョー・サンプル クルセイダーズのピアニスト、今では独立して活躍?
あまりにも有名な流行歌、「1リットルの涙」の主題歌ですね。
ベイビー・フェイス 優しいスローな歌声がすてきです。
ジム・ホール 知的な演奏が魅力的です。
寺井尚子 バイオリンのしっとりした音色がすばらしいです。(それに美人です)
中島美嘉 「雪の華」が大ヒットですがジャズのスタンダードも歌います。
AI 人工知能ではありません。ヒップホップ、R&Bを歌う歌手です。
ミレイユ・マチュー エディット・ピアフの再来といわれるシャンソン歌手です。
ケイティー・タンストール イギリスのロック歌手である。「プラダを着た悪魔」の主題歌(映画の導入部分で印象的な曲「サドウンリー・アイ・シー」が流れている上に、映画の予告編にも流れている曲にも関わらず主題歌ではないのはどうしてだろう?)とおぼしき曲なのに映画のサントラ盤には収録されていないのは不思議!
浜田省吾 55歳にして日本ロック界の頂点に立ち、若者から年寄りまで幅広い年齢層のファンを確立している。コンサート活動中心にテレビには出ないしサングラスにジーパンという頑固なまでの独自スタイルをキープ、楽曲もさることながら、その歌詞に独特のノスタルジーを醸し出す。
ソットボッセ 数々のヒット曲をボサノバ風にアレンジして独特の音楽を作り出しているグループ。ELTを彷彿とさせる舌っ足らずのCanaのボーカルが何ともいえず癒し系!
ELT 少し若向きのJ-ポップです。息子の影響で聞くようになりましたが、スローでアコースティックなアレンジが年寄りにも心地良いサウンドです。
ボサノバ 何かをしながらBGMとして流している音楽にボサノバがあります。南の国のホンワカした柔らかい雰囲気は「ながら」勉強にもってこいです。
Bob Acri windows7の「マイミュージック」のサンプル・ミュージックとして1曲だけ「Sleep Away」という曲が紹介されていました。とても素敵なのでアルバム「Bob Acri With Diane Delin George Mraz Lew Soloff Ed Thigpen Frank Wess」を手に入れました。
多久潤一郎 以前、紹介したがスコットランド出身のシンガー・ソングライター、KTタンストールばりのループ・ペダルを使ったフルート奏者。そのテクニックに脱帽です。
イムジチ ビバルディの「四季」で有名なイタリアの弦楽合奏団、イムジチのコンサートを聴きました。彼らのテクニックと音楽性の素晴らしさを間近で堪能できたことを大変うれしく思っています。
土岐麻子 あなたはマドンナという資生堂のCMソングで知りました。とてもPOPで軽いイメージが素晴らしい。曲を作っているのはEPOです。EPOバージョンと土岐麻子バージョンがあります。どちらも彼女たちの個性を生かして○です。






スティービー・ワンダー

あまりにも有名で知らない人はいないと思います。何を今更と思われるかも知れませんが、新しいアルバムを聴いたので少し書き込みをしてみます。

もともと、僕は、ボーカルに偏見があって(楽器の仕組みや奏法に興味があって)昔からあまり聴いていませんでした。(もっとも、アイドル時代が過ぎ去って実力のある歌手がたくさん出て来ている今日この頃では、偏見はありません。良い曲も多くなりました。)

スティービー・ワンダーを聴き出したきっかけは、学生時代に友達の勧めによるものです。当時「Songs in the Key of Life」という2枚組のレコードが発売されました。LP1枚購入するにも四苦八苦していた貧乏学生だったので、LP2枚のアルバムはこたえましたが、友人から借りて聴いたところ、どうしても自分で欲しくなり、バイト代をつぎ込んで買い求めました。

あまり聴き過ぎてレコードがすり減ってしまったので、今はCDを購入して聴いています。30年くらい前の音楽なのに子供たちにも人気で、いつの間にか子供部屋にCDが置いてあったりします。

特に気に入っているのは、「Is’nt she lovely」「Sir Duke」の2曲です。

Is’nt she lovely」は、当時の曲としては、ちょっと変わっていて赤ちゃん(スティービ・ワンダーの子供アイシャ)の声が入っています。自分の子供が産まれた喜びを表現している歌で、お風呂に入れている時の様子をうかがわせるような水の音など効果音が入っています。

彼の音楽の特徴は、繰り返し繰り返し同じメロディーを歌うところにありますが、繰り返し聴いても飽きの来ないすばらしいものです。学生の時、子供の誕生の実感はもちろんありませんでしたが、結婚して自分の子供が出来たときには、まずこの歌を思い出しました。歌の中で「Is’nt she lovely?」という台詞が繰り返されます。

スティービー・ワンダーは、最新のアルバム「A Time to Love」の中の「How will I know」という曲で、自分の娘アイシャと一緒に歌っています。この歌でアイシャは、黒人特有の声量のあるきつめの声ではなく、とてもソフトな優しい声で寄り添うように控えめに歌っていて、親子の愛情がほんのり伝わってくる曲です。聴けば聴くほど味がでてくる。シンプルなアレンジで、一度聴いてもあまりインパクトは無い曲でしたが、繰り返し聴いているうちにだんだん良くなってきました。

Sir Duke」は皆さん聴いたことがあると思います。ジャズの巨匠デューク・エリントンに捧げた曲だそうです。ホンダのステップ・ワゴンの宣伝で流れていた曲です。怪優、筧さんがお父さん役、水野真紀さんがお母さん役でCMにでていましたね。

Songs in the Key of Life」は、どの曲もすばらしいのですが、良く聴いていると聴き慣れない音が入っています。シンセサイザーの音だと分かるのだけれど、通常、使わない(音楽に使っても雑音にしかならないという理由で)音をつかっています。この音は、音楽界への影響が大きいらしく、その後の新曲に盛んに使われるようになります。

今まで音楽には違和感があるのではと使わなかった(いわゆる食わず嫌い)音を、敢えて使ってインパクトのある音楽を作れるスティービー・ワンダーは本当に天才ですね。

スティービー・ワンダーは歌も旨いですがハーモニカもとてもすてきです。ジャズ・ハーモニカの名手トウーツ・シールマンスとは違った、まるで肉声のようなこぶしの利いたハーモニカなのです。同じ曲でもコンサート毎にメロディーは微妙に違っているのでアドリブなのでしょう。




ジョー・サンプル

ジョー・サンプルというジャズ・ピアニストを知っていますか。

クルセイダーズというグループでキーボードを担当していました。現在、クルセイダーズは解散して、個人個人のアルバムを出しているようです。

ピアニストとして独立した彼は、日本では「虹の楽園(Rainbow Seeker)」等が有名ですが、クルセイダーズ時代には「チェイン・リアクション(Chain Reaction)」等が有名です。

僕が特に好きはアルバムは「Carmel」です。編成はピアノ・トリオでアコースティック・ピアノを使ったシンプルなアルバムです。

ジョー・サンプルは、ブルージーなコード進行が特徴で、左手のバッキングは手が大きいせいかリストのように高い音と低い音の間隔が1オクターブ半くらいあります。(手の小さい僕では両手で弾かなければならない、ワイド奏法というらしい。)

一見そのピアノは不器用そうに聴こえます。ミスタッチもかなりする方だと思います。(実は意図的で、その効果を利用してかえって優しい感じを出しているような気がします。)

とくに「A rainy day in Monterey(モントルーはジャズフェスタブルで有名)」の中で彼が使っているフェンダー・ローズのピアノの音は最高です。フェンダー・ローズのピアノの構造はピアノに似ていて弦の代わりに音叉をたたくのです。

だから鉄琴やビブラフォンに似た音がでます。(でももう少し柔らかい音)最近の電気ピアノは性能が良くなってフェンダーのピアノの音をよく再現しているものもあります。ポロンと引いてみると確かに、ごくごく近い音がします。ほんとに電子音で良く再現しているなと思います。が、何か少し違う、真似の出来ない音のようです。

微妙な音の違いについて、音響効果に詳しい人のうんちくに次のような話がありました。
「音のハイ・フィデリティを追求していくと、音の出ていない周波数(人間の耳には聴こえていない)での空気の揺らぎが大事だ、その雰囲気というか、かすかな空気の振動がリアルさを左右するのだ。」(ほんとかいな?)

よく分かりませんが、何かが違っているのは確かなので、きっと音にならない空気の振動が影響しているのでしょう。

このアルバムは、学生当時ラジオで聴いて速攻LPを買おうと思いましたが、国内に売っていませんでした。なんとか海外から取り寄せてまで聴いたのを思い出します。このLPは今でも私の手元にあり、古ぼけたプレーヤー、すり減ったレコード盤と針でチャリチャリ聴いています。(マイナーなのでCDで出してくれないのだ!CD屋さん出してくれ〜)

ベース奏法も変わっていて、チョーキングを多用しています。チョーキングはリードギターで良く使われる奏法でロックなどではギンギンのギター・ソロの部分でディストーション効果とともに聴いている人の胸を熱くしているキュイ〜〜ンです。

ベースでこの奏法をつかっている人はあまり聴いたことがありません。

音楽全体も良いのですが技術的にも当時革新的であったのではないでしょうか。

CDでは出ていないと思います。何とかデジタル化できれば、聴いてみたい人に配信できるのですが。(そんなもん聴きたくない?)





あまりにも有名な曲です。テレビ・ドラマ「1リットルの涙」の主題歌です。僕の、「聴くと涙が出る」、曲の一つです。

実は、「1リットルの涙」のシチュエーションは、僕の体験によく似ているのです。

人一倍元気で僕が所属していた会社のテニス・クラブに早速入部してパワー・テニスを披露していました。体育会系で背も高くガッチリした(この表現は女性に失礼かもしれませんが)体格で、病気とは無縁の(とそのときは思っていました)女性でした。

東京から青森に転勤になり、しばらく顔を見ないうちに肺胞が縮小する難病にかかって30歳を前に亡くなってしまいました。

「1リットルの涙」のなかの台詞と全く同じ「どうして病気は私を選んだの?」、「難病指定の手帳をもらったとき、「もうなおらない」と一縷の望みも断ち切られ、本当にショックだった。」と、お見舞いに行ったときに言っていました。

彼女の病気は、肺胞が縮小していく原因不明の病気で、初期の頃は過度の運動がきつくなる症状が出ます。そのうち、階段の上り下りに一休みしないと一気に上れなくなります。でも、「仕事を続けるんだ」と、周囲の応援もあり入院する直前まで、ボンベ(都市ガスに使うようなボンベ。大きなものだったのでカートに乗せていました。)を四六時中自分の近くに置いて(通勤するときだってカートを引いて)酸素吸入をしながら前向きに仕事を頑張っていました。

酸素吸入能力が少なくなり、吸入酸素濃度をボンベで濃くしたのですが、最終的に動けなくなって、入院せざるを得なくなりました。

入院してからは、動くことも出来ず寝たきりになり、でも、意識はしっかりしていました。

亡くなる前に、年頃のお嬢さんなのでとても無理であることを承知で、「お見舞いに行きたいが・・・」と連絡すると、「是非、来てくれ」とのことだったので、お会いすることにしました。

当然だけど、ノーメイクで薄い病院着しか着ていなくて(空調が完璧な個室だったので)布団も何も着ていなかった。年頃のお嬢さんに、酷な環境だと思いました。

長い療養生活で、肌は透き通るように白く(青白いと行った方が正確だと思う)握った手の指の細さに、「頑張って!」などととても声をかけられない状況でした。

彼女はその数ヶ月後に亡くなりました。

病名こそ違いますが、その思い出とオーバーラップして、この曲を聴くと必ず涙が止まらなくなるのです。

年末の歌謡大賞番組で「K」を初めて映像で見ました。白い飾り気のないTシャツに普通のジーズでの登場でした。他の歌手が、こぞってドレスアップしている中で異色でした。

それも好印象として残っていて、子供のCDから拝借し聴いています。(聴くと涙が止まらなくなり困りますが)

コード進行もオーソドックスですが、すてきな曲です。






ベイビー・フェイス

「The Day」というアルバム。全体的に柔らかい雰囲気です。

全体にワーといった感じで、バック・コーラスが広がる。声は、女性が歌っているような高い裏声。

大がかりなコンサートやお金をかなりかけたアルバムなどは、このワーという効果をフル・オーケストラのストリングスで出しています。このバックに流れるストリングスは、目立たないけど曲に厚みと広がりを与える効果があります。

最近では、シンセサイザーや音響システムの性能が良くなって、機械を使ってストリングスのパートを演奏している曲が多い。シンセサイザー1台で、十分な厚みと広がりが表現できるのである。

オーケストラをバックにすると、広い録音スタジオが必要だし、コストだって馬鹿にならない。小編成のオーケストラでさえ10人くらいのバイオリニストが必要です。

でもこれを数人のコーラスにしたらどうだろう。肉声の自然な厚みと音の広がりは小編成オーケストラほどではないが、かなりのものです。この広がりと落ち着いたテンポ、ゆったりとしたメロディライン。まさに癒やし系の音楽です。

最近は映画のバック・グラウンド・ミュージックも手がけているようで、映画の音楽担当に名前が出ていることがあります。

彼の音楽に影響を受けた歌手に平井堅がいます。彼はギター一本の伴奏での試み的コンサート「ケンズ・バー」の中で、幾つかベイビー・フェイスが彼のために作曲した歌を歌っています。平井堅はコンサートの中で、彼に影響を受けたと言っているように、歌の節回し、アレンジと随所にベイビー・フェイスの影響を受けています。今、日本の歌手でベイビー・フェイスのテイストを表現できる歌手は平井堅を除いていないだろうと思います。

ラップに代表されるようなリズム主体の音楽が最近多いようですが、疲れた頭に癒やしを与えるアルバムである。







ジム・ホール

ジャズの話題に触れます。
あまりにも有名なので、今更何をということかもしれませんが、好きな曲について書いてみます。

アルバム「Concierto」の中の「Concierto de Aranjues」。アランフェス協奏曲です。

学生時代、ケンチン(私の友人で今は美術の先生)の部屋で初めて聴きました。当然レコード盤。彼は当時繰り返し繰り返しこの曲ばかりをかけていました。

普通、レコード盤の表面は曲と曲の間に溝の掘っていない部分(つるつるに光っている部分)があるのですが、このレコードのA面はこの溝の掘っていない部分が全くなく、ペラッ〜と一面に溝が掘ってあり、外観も少し違った印象を受けたのでした。長い曲(19分超)だったのです。

ケンチンの部屋は、センスの良い雑貨屋さんのような部屋で、シンプル・スッキリの自分の部屋(私は、センスが全く無いので、ものを飾ると散らかって見える。仕方なくシンプル・スッキリになるのです)と比べて、こんなすてきな部屋も有るんだと感心したことを覚えています。(さすが美術の先生)

この薄暗い穴蔵のような(失礼)部屋で、流れていたのがこの曲だったのです。静かで知的なメロディはこの部屋にマッチしていました。きっと部屋の雰囲気も手伝って私にインパクトのある印象を与えたのだと思います。

全然関係有りませんが、このころ彼は、現在、当家唯一の車、ス○キ・ジ○ニーに乗っていました。これがまた芸術家っぽい(当時ほんとうにそう思った)彼の雰囲気にぴったりでした。何度か助手席に乗せてもらいましたが、いつもアクセルべた踏みのフル・スロットル、減速なしのコーナリング(後で聞いたのですが、急カーブで一度ひっくり返ったそうです。重心が高いもんね〜)、ジ○ニーはケンチンの芸術家風の風貌とマッチして、当時とても斬新な感じがしたのを覚えています。一度乗りたいなと思っていました。

それで(?)私も当時の夢を50歳にして実現し、今乗っている(かみさんの所有ですが)次第です。(音楽の話題か?話が関係ない方向に走り始めました)

ジム・ホールのギターは知的だと言われます。音もシンプルでトツトツと弾いているように聞こえるのが、かえって知的に聞こえる所以だと思います。アランフェス協奏曲は「一定のコード進行の循環」を強調した点に特徴があります。「一定のコード進行の循環」を彼特有のまろやかなトーンで弾いているところが、すばらしい。

ジム・ホールは、共演している他の人たちを引き立たせる演奏でも、優れているギタリストだと思います。

深夜に一人でウイスキーを飲みながらボーとするときに聴くと最高です。







寺井尚子「アンセム」

ジャズ・バイオリンと言えばステファン・グラッペリが有名だが、日本にもすばらしい演奏家がいる。

ステファン・グラッペリのバイオリンはジャズにとてもマッチしていて、聞いていて飽きないのだが、ジャズにバイオリンを合わせるのは非常に難しいのではないのかと思う。

なぜなら、バイオリンはその音色が命とも言える楽器で個性が強く、それだけで存在感を主張する楽器なので、ジャズのようにバンドトータルとしての音楽として他の楽器とハーモニーを合わせて、合奏としての音楽をまとめ上げるのにとても気を使うのではないかと思うからだ。

きっと、クラシックのどんなにすばらしい奏者であっても、バイオリンだけ浮いたようになってしまうのではないだろうか。

寺井尚子のアルバムはこの心配を払拭する。今回のアルバムは、オリジナルが多く彼女の個性が十分に主張されている。

バイオリンそのものが持っているしっとりした質感を考えると、ゆったりとしたバラッドがうってつけのように思うが、彼女は本来ラテン系のアップ・テンポの曲が好きらしい。このアルバムでも随所にアップ・テンポの曲を配している。

特に秀逸な曲は、一見何の変哲もなく控えめにアルバムのラストにある「いつかどこかで」である。

ジャズ風アレンジはほとんどなされていないしコード進行もシンプル。アドリブも控えめである。でも、バイオリンのしっとり感を遺憾なく発揮していて心に訴えるものがある。

夜中に1人で極上(だったらいいのだが・・・、実は安物のウイスキーで雰囲気だけ楽しんでいるのだが)のウイスキーを片手にゆったりと聴く曲にぴったりである。照明を暗くして頭の中を真っ白にして・・・。

この曲は、初めて聞いたときにどこかで聞いたような感じの曲だった。きっとスタンダードをアレンジしたものだと思った。

ところがアルバムの解説を読むとオリジナルだそうだ。「いつかどこかで」という曲のタイトルは、そういう意味を持っているんだとそのとき気が付いた。本当にいつかどこかで聞いたような懐かしい曲。

聴衆にこんな感じを意図的に抱かせる作曲家の手腕のすばらしさを改めて知った。

それにしても、このアルバムは、ほとんどアコースティックな感じに仕上がっている。シンセサイザーやオルガンも入っているが控えめでとても気に入っている。

ラストの「いつかどこかで」は私の子供たちにも人気で、ヒップ・ホップ系のリズム中心の曲の合間に聞いている。深夜私がこの曲を繰り返し繰り返し聞いているからなのだろうか、時々鼻歌に口ずさんでいることがあってびっくりしている。

付け足しのようだが、寺井尚子はとてもきれいで魅力的な人である。





中島美嘉

きょうび誰もが知っていてあまりにも有名・大人気の歌手である。私は「雪の華」の大ヒットで知ることとなった。息子がCDを借りてきて聞いているのを横耳で聴いてすてきな歌だなと思っていた。

彼女の「BEST」が発売されたのを期に、ジックリ聞いてみた。そして彼女の魅力を、例によって私の独断と偏見で分析してみた。

彼女の歌い方のすばらしさというか特徴というのは、拍子の頭にリフレインを入れるところだと思う。フレーズの最初だけではなく、フレーズが途切れるときの拍子の頭の音にもリフレインを入れる。

これは歌い方として、とても難しいと思う。力を入れて音程をしっかりキープしなければいけない音符に、最初からいきなりリフレインが入るのである。

例えば、ヒット曲「桜色舞うころ」の中ではこうである。

フレーズ「桜色(い)舞うこ」の色の「ろ」と最後の「ろ」、「私は一人()」の「ひ」と「り」、「押さえ切ぬ胸」の「れ」と「に」、「立ちつく」の「し」と「た」という風である。

拍子の頭の音に最初からビブラートをかけている。普通の歌手だと、拍子の頭では、リフレイン無しの音をしっかり出した後にリフレインを付ける。

しっとりとテンポのゆっくりした曲を歌うときには特に顕著にこの特徴が強調される。そして、しっとりとした曲に、さらにしっとりさと艶やかさを添えている。

確かに大ヒットした「雪の華」などメロディにすばらしいものがあるが、それほど音域の広い天才的な声の持ち主ではなく、歌手としての天性はふつうだろうと思われる彼女の歌をすばらしものにしている理由は、この彼女独特の歌い方にもあるのではないだろうか、と思いながら休日の夜遅くコーヒーをすすりながら聞いているのである。




AI

AI
といっても、今、話題になっている人工知能(Artificial Intelligence)ではない。

そういえば、ウイル・スミスが主演していた、人工知能を持ったロボットが感情を持つようになる映画が有った。

歌手の
AIは、ヒップホップ、R&Bといったアメリカ黒人音楽のジャンルの曲を歌っていて有名である。

そんな彼女が、アニメ映画「クレヨンしんちゃん」の主題歌「
Crayon Beats」を歌っていたとは知らなかった。

AI
の曲で有名なのは、皆さんご存じの通り、バラード風の「story」である。この曲は2005年春リリースされてから今まで50万枚を超え、いまだに売れ続けているそうである。

少しハスキーな太い声は、彼女のルーツであるゴスペルにピッタリであり、体全体から醸し出される雰囲気は、間違いなくアメリカの黒人音楽である。

最初にこの曲を聴いたときの印象は、「
AIも遂に商業路線に切り替えて一般大衆を狙った分かり易いポップ・バラードへの転換か」と思った。

しかしながら、聴き込んでくると曲の良さがだんだん分かってきた。彼女は留学時代にずいぶん苦労しているようで、最初にダンサーを目指したが挫折し、どん底の状態からゴスペルに出会い、教会の聖歌隊に加わって歌への活路を見いだしたそうだ。(どおりで、ダンスセンスが抜群だと思った)

story」の歌詞には「これを聴いた人にはあなたのストーリーを作ってほしいと思う。あなたのストーリーがあるはず」と彼女の暖かいメッセージが込められ、慈愛に満ちた彼女の人間性を感じ取ることが出来る。

落ち込んだときに、この歌を聴くと「勇気づけられ前向きな気持ちになる」という若者が多いのも頷ける。

「時に人は傷付き、傷つけながら染まる色はそれぞれ違うけど、自分だけのSTORY作りながら生きてくのだからずっと、ずっとあきらめないで・・・」。

浪々をバラードを歌い上げる歌唱力は、力強いけれど黒人のボーカルとはチョット違って柔らかみがあり、聴いていて心地良い。彼女の顔もワイルドで私好みである。

こんな事を言うとファンに怒られそうだが、何となく政治家の「田中真紀子」に似ていると思うのは私だけだろうか。






ミレイユ・マチュー

あまりにも有名なフランスを代表するシャンソン歌手である。アビニョンの工場に勤める一女工の身から、弱冠16歳でパリに上京、国営放送「エディット・ピアフ記念シャンソン・コンクール」で「愛の賛歌」を歌ってチャンピオンとなった。

類い希な天性の声量と超人的な音域の広さで黄金の声を持ち、エディット・ピアフの再来と言われている。

彼女は、その歌声とは裏腹にとても小柄でチャーミングである。

伝統的なシャンソンは、その歌詞に重きを置き小さなシャンソニエなどで歌われていたが、それを大きな声量と歌唱力により大ホールで歌う路線に切り替え、大衆向けにポピュラー化したエディット・ピアフの路線を踏襲している。確実にポピュラー・シンガーの王道を歩んでいる。

私の持っているCDは、「ショント・ド・エディット・ピアフ」で、まさにエディット・ピアフと比べてみてくださいと言わんばかりの挑戦的なタイトルのアルバムである。

もちろん、今でも私たちに感動を与えてくれる、「愛の賛歌」、「バラ色の人生」なども収録されている。

その歌唱スタイルは、全力投球で絶唱するという都はるみスタイルである。

ところが、私の付き合っているフランス人には、いまいちなのである。理由を聞いてみると、歌唱力は確かにすばらしいが、「わび、さび」が無いという。

「わび、さび」は日本人の専売特許であると思っていたが、フランス人からこの言葉を聞くとは思わなかった。

(フランス人に日本の「わび、さび」が正確に理解されているかどうか定かではないが、殆どのフランス人が京都は好きだと言う)

確かに歌唱力は卓越していて、CDの中では一度も裏声を使っていないし、全て地声で3オクターブくらいをカバーしている。

声量もオペラ歌手並である。

曲から受ける全体的な感じは、エディット・ピアフと比べると、圧倒的に明るい。

フランス芸術の専売特許、人間の悲しさ、愚かさの表現が今少し、というような気がしないでもない。

フランス人に、いまいちなのは、このニュアンスが的確に表現されていないからなのだろう。

しかしながら、ヨーロッパではエリザベス女王に次いで人気のある女性と呼ばれた時期もあったそうだ。

日本で言えば、美空ひばり、都はるみのような存在であるのだろう。ミレイユ・マチューのオフィシャル・サイトもあり、ここでは新譜のサウンド・クリップを聴くことができる。





ケイティー・タンストール

映画「プラダを着た悪魔」導入部分で流れるステキなアップテンポの曲。

映像(モデルバリの完璧なスタイルの女性が着替えて出勤する様子を描写したものなので思わず見とれてしまう)もすばらしい(?)がとても印象に残った曲である。

映画の予告編でも流れていたが、映画の主題歌と思いきやサントラにも入っていない。

実は、この映画のBGMには、マドンナの大ヒット曲「ヴォーグ」も入っているが、見ている人の印象に残るのはこの曲であると思う。

歌っているのは、イギリスのシンガー・ソング・ライター、ケイティー・タンストールで「サドゥンリー・アイ・シー」という曲である。

昨年イギリスで大ブレイクし今やアメリカでも大人気らしい。

彼女の演奏の特徴は、ループ・ペダルを利用した1人多重演奏である。

私もインターネットで始めて知ったが、その特徴は、ギターを叩く音、自分の歌声、手拍子を、あらかじめ録音しておき、適当なところで現在自分の歌っている声にダビングさせ、あたかも1人で多重演奏をしているように見せるパフォーマンスらしい。

そのコントロールを足下に置いたループ・ペダルを使ってタイミング良く曲に重ねるのである。

このパフォーマンスを使った代表曲はヒット曲「ブラック・ホース・アンド・ザ・チェリー・ツリー」である。

スカートにバイク・ブーツというファッションがトレードマーク。

今後の活躍が大いに期待される。




浜田省吾

ON THE ROAD 2005-2007 My First Love(初回生産限定盤)が発売された。約1万円もするDVDだが、ファンであるかみさんが速やかに(普段はとても渋い財務大臣だが)購入したのは言うまでもない。

浜田省吾は私が結婚するまで知らないミュージシャンだった。しかし、結婚生活○十年、BGMとして聞かされ続けファンになってしまった。無意識に口ずさんでいる鼻歌が浜田省吾の歌だったりするのはしょっちゅうである。

浜田省吾の曲はスローなバラッドもすばらしいが基本はロックである。ロック特有のコード進行、おなかに響くバスドラの刻み等、そのスタイルと同様に頑固なまでにロックの伝統にこだわる。だが、すばらしいのは曲だけでなく、その歌詞がすばらしいというのに最近気が付いた。

今更というわけではないが、数ある優れた歌詞の中で一つだけ私の気に入っているものを紹介したいと思う。

それは「花火」という曲である。歌詞のバックグラウンドがはっきりしていないので、人によって、あるいは、経験によって想像たくましくなる。

 

娘はもう二十歳 恋人もいる年頃

下の子はサッカー好きの男の子で 次の春には高校

あの日 すぐ帰るつもりで車庫から車を出して

アクセル踏み込んだ

すぐ帰るつもりで家を出て

もう5度目の夏の夜空に花火

 

暮らしには困らぬように稼ぎはすべて送った

今でも部屋には幼いままの子供達の写真

何故か すぐに帰るつもりで車を車庫から出して

アクセル踏み込んだ

すぐに帰るつもりで家を出て

もう5度目の夏の夜空に花火

 

これが俺の物語

君の心失っても隠せない

 

二人 河の畔を歩く人波に押されて

はぐれないように強く指と指を絡ませて

見上げれば涙で滲んだ夏の夜空に花火

夏の夜空に花火

 

世の中の男には本音と建て前があるらしい。大事な家族とともに家族を思い過ごす部分、それと対局する孤独な、あるいはそれを望む世界。その関係は、まさに「I am a father」と「花火」である。

人生の全てを家族のために捧げてきた。ひたすら走り続けてきた彼にふと忍び寄る「そんなつもりじゃなかったのに・・・」という孤独感。これは走り続けているときは全く感じないが、ふと感じることはきっと誰しもあるのではないだろうか。それは自分の人生に対して「ほんとにこのままでいいのか・・・」と思う葛藤につながる。

現実に家庭を捨てることが出来るかどうかは疑問だが、確かに一瞬立ち止まって自分を振り返るとき孤独感が押し寄せる。この歌詞は、背景の分からないフィクションであるが故に、聴く人各人の持つシチュエーションによっていかようでも想像を広げることが出来る。それを意図的に計算し尽くしたすばらしい歌詞である。

浜田省吾が幅広い年齢層に根強い人気を保っている秘密はここにありそうだ。

 



Sotte Bosse

大学に通っている娘から、最近、良く聞いているという推薦CDが送られてきた。ソットボッセと読むらしいが、彼らが作ったアルバム「Inncent View」である。早速聞いてみると実に妙なCDで何が気に入ったのか全く分からなかった。第一印象は、歌っている歌手の音程はズレているようだし、他の歌手のヒットナンバーをシンセサイザーやPCを使った電子音中心のテクノっぽいアレンジでとてもイージーな印象を持ったのだった。「自分の趣味には合わないな」とこれも世代の断絶かと思ったものだ。

ところが、何回も聞いていると慣れもあってそのすばらしさが分かってきた。ハスキーな歌声にのって表現される音ズレは奇矯な印象のある矢野顕子を思わせる。いわゆるジャズ・バイオリンの節回しなのである。明らかに、テクノっぽい機械的なバッキングと声の音ズレは意図的なハーモニーを創り出していて聞いていて実に心地良い。

アルバムの中に、ユーミンのオリジナル「やさしなに包まれながら」がある。これを聞いたときにはユーミンのコンサートと大差なく、まるでユーミンが歌っているかのようで違和感が無かった。ユーミンのコンサートは音ズレが激しいのと歌が下手だからである。

なお、ユーミンの名誉のために言うが、彼女の曲はまさに名曲である。数十年も前に流行らせた曲は今でもちっとも遜色ない。コンポーザーとしては、音楽界でタブーである5度以上の音飛びを使って曲を自然に聞かせる等、希有の才能を持っている。

心地良い理由は、ジャズ・バイオリンのようなフレーズにもあるが、計算されたテクノっぽい演奏にもあるようだ。例えば、普通ならシンセサイザーのストリングスを使って演奏に厚みを持たせるところだが、ポツッポツッとコードの主音を入れて、しかもその残響の出具合を曲のリズムに一致させている非常に凝ったバッキングである。これは聞き手に、意識させずに音響の広がりを感じさせる効果がある。

この手法は、カシオペア全盛の時代に流行っていた。フュージョンと言われるジャンルの曲(歌のないインスツルメントのみの曲)が流行ったときに、アコースティックに対抗して演奏者がこぞって工夫したものの一つであった。

真っ向から構えてじっくり聞くオーケストラなども良いが、BGMとして邪魔にならないが心地良い音楽というものも素敵だ。

音楽の世界には、世代の断絶は無さそうだとホッとした出来事であった。






accoustic latte ELT

J-ポップを歌うグループEvery Little Thingのアルバムである。結成は1996年でデビューして10年選手である。ジャズをこよなく愛する私だが、白状すると(いい年してと言われそうだが・・・)実はELTのファンでもある。ファンの定義が定かではないが、少なくとも好きなグループの一つである。

曲の雰囲気はボーカル持田香織の特徴が支配する。彼女の歌声は一見無機質だが透明感があり聞いていて心地良い。

最近、以前と歌い方が異なってきたとか売りである「透明感のある声」が無くなってきたとかファンの耳はなかなか厳しいが、100歩譲っても彼女の特徴は他の歌手には真似できない。「らりるれろ」の発音に特徴があり舌足らずに聞こえるが欠点ではなくむしろ親しみが持てる。

また、持田香織について言えば、日頃の落ち着いた雰囲気とライブでの聴衆を煽る時の変貌ぶりは特筆に値する。豪快な笑い方も控えめなルックスと大いにギャップがあって面白い。

このアルバムはスローでしっとり歌い上げる曲が多く、アコースティックなアレンジも素敵だ。デジタル技術が進み装飾の多いサウンドが多い中で、味付けをシンプルにし「歌」や「メロディ」を重視した音楽を追究している。



ボサノバ

最近音楽を聴く機会が減ってきたのが原因なのか、音楽に感動する機会が明らかに減ってきた。が、家で「ながら」で流しているBGMにボサノバがある。ご存知のとおり南米が発祥のこの音楽はいわゆる気楽で「かったるい」。車で聞きながら運転しているとつい眠くなって危険だ。ボサノバファンには申し訳ないが、どの曲を聴いても一本調子のインパクトの無い音楽だからだろう。

BGMで聞く音楽としては、この一本調子でインパクトの無い音楽がすこぶる具合が良い。何かをし「ながら」聞く音楽としては本業を邪魔しないという点で最高だ。日本でのボーカル第一人者といえば小野リサである。私は小野リサのCDをかなり持っているが、どれもすばらしく眠くなる。

小野リサの曲の中で特に好きなものは、アルバム「Serenate Carioca」の「太陽のこどもたち」である。小野リサはよく子供と一緒に歌っている曲をアルバムに収録している。

この局はNHKの「みんなの歌」や「太陽エネルギー推進キャンペーン」のイメージソングになっているので耳にしたことのある皆さんも多いと思われる。が、ボサノバは曲そのものの主張を控え雰囲気をかもし出す音楽なのでほとんど意識に無かったかもしれない。

ボサノバは一般的にスローな曲が多い。スローな曲は簡単そうで難しい。コピーして自分で演奏してみると良くわかる。私のような素人からすると早弾きが出来ないのでスローな曲しか弾けないということもあるが、スローな曲は決してコピーしやすくない。実際に自分の演奏した代物を聞くと、同じ音符を追っているにもかかわらずヘタッピーなのは一目瞭然だ。

なぜかといえば、うまい人のスローな曲は余裕があり曲の雰囲気、いわゆる音符に表現されない行間(音楽なので音と音の間というべきか)の部分にプロと下手なアマチュアの差が歴然とある。スローな曲ほど難しいという所以はここにありそうだ。

小野リサのボサノバも何かメリハリが無くてうまくないように聞こえるがとんでもない。そのうまさは超一流なのである。

年をとってくると運動能力や思考展開がスローになってくる。しかしである。われわれ年寄りは経験に裏打ちされた数十年の余裕があるのだ。スローな雰囲気の中に歴史の重みとキャリアが詰まっている(はずだ)。何も言わずスローな中に余裕が感じられるハリウッドスターのようになりたいものだ。もっともいぶし銀のような余裕は地道な努力の結果として生まれるものである。人生いつまでたっても「努力」であることは言うまでもない。




Bob Acri

windows7のサンプルミュージックで気になっている人も多いと思う。インターネットで調べてみると、幾つかの記事が出てくる。サンプルミュージックにある「Sleep Away」は、静かで心和む癒し系のジャズだ。冬の夜長をバーボンでも片手にまどろむ、そんな雰囲気にピッタリの曲だ。
早速、MP3形式でインターネットからダウンロード。音楽を手に入れる手段はもっぱらCDやDVDだが、今回初めてインターネットでデーターを購入した。ダウンロードで購入すると半額になるというのも魅力だ。世の中全く便利になったものだと思うことしきりである。
アルバム『Bob Acri With Diane Delin George Mraz Lew Soloff Ed Thigpen Frank Wess』は思った通り全曲こんな雰囲気が漂っている。

鋭い音になりがちなトランペットはカップミュート(弱音器)でソフトな音を出しているしフルートやバイオリンもしっとりとした演奏が中心で全体的に柔らかい音になっている。

驚くべきことだが、このアルバムは既に廃盤になっていてデジタルで編集し直しているようだ。アルバム全体流れているやさしさは、デジタル編集の時、全体の音色をボヤッとした靄がかかったようにリメイクしているからなのだと思う。

ボブ・アクリのピアノの転がし方もお酒で少々ろれつが回らなくなったように時々微妙にテンポを外す。これが意図的なので難い限りである。

久しぶりに感動に出会いました。世界中のOSを独占してあまり良い印象がないマイクロソフト社だが、サンプルミュージック選曲に感謝!




多久潤一郎

フルート奏者である。そのテクニック、ユニークさにびっくり。

生演奏を聴く機会があり、ループペダルを使った一人パフォーマンスは素晴らしいの一言。オリジナルのシンコペーションと自由な発想により奇抜で斬新な印象を持った。

KTタンストールも使用しているが、ループペダルを使用した一人パフォーマンスは、まるで楽団を従えているような厚みと広がりのある音を奏でる。一昔前のフュージョンバンドがやっていたようなデジタル多重録音を前もってやるのではなく、コンサート会場でリアルタイムに行う。

音を重ねていく手法そのものがパーツで音楽を作り上げていくパフォーマンスとなっていて観ていて実に楽しい。基本となるテーマを録音し、それをアレンジしたメロディーに重ねていく。あらかじめ準備しておくのは比較的簡単だが、演奏中に行うには自分の演奏と録音したフレーズのタイミングをきっちり合わせる技術が重要だ。早弾きで16拍子の裏などを正確に合わせるのは非常に難しい。

奏法も正当な吹き方だけではなく、管を外したりして吹いたりと見た目にも面白い。ヒバリという曲のアレンジがあったがヒバリが囀る様子を彼だけしか出来ない異常な速さのタンギング(1秒間に16回)など技術的にも卓越している。

久しぶりにプロのプレイに感動!





イムジチ

有名なイタリアの弦楽合奏チームだ。何が有名かというと音楽性のすばらしさは言うまでもなく、指揮者のいない楽団としても有名だ。かのトスカニーニが絶賛したこどでも有名。

そんなすごい弦楽合奏が、本州の果て六ヶ所村で聞けるとあって聞きに行った。イムジチは1952年にデビューしている。父が蓄音機に凝っていたこともあり胎教ではないが母のおなかの中にいるときから好き嫌いと関係なく聞かされていた。そのせいもあり、結果として合奏形態も含めて好きな音楽になってしまった。

ナマで聞けたこともあり、その素晴らしさに大いに感動。

2013年の日本コンサートは7回行われるが、その第2回目だったこともあり、メンバーのノリはこれから高まっていくところ。それにしてもアントニオ・アンセルミのヴァイオリンは素晴らしいの一言に尽きる。有名なメロディーは彼のどちらかというと現代的な解釈で少し誇張されたような感じだが、個性的で繊細だ。

指揮者が居ないのにどうやって奏者の意思統一をしているのだろうと、音楽そのものにも注目したが、演奏方法にも目を凝らした。曲のスタートではアンセルミの動作がことさら大きく、他の奏者がわかるようなジェスチャーが、曲の進行中では、合わせるところは奏者同士の目配せがあり、通常の合奏と異なるところが散見された。

まるでジャズのように奏者同士が目で、奏でる音で、動作で会話しているようだった。音楽で心を一つにするというのはこういうことを言うのだろうと思ったコンサートだった。




「あなたはマドンナ(土岐麻子)」

資生堂エリクシールシュペリエルのCMをご存知だろうか。化粧品のことはテンで分からないのだが、旬の女優さんが登場し、しかも登場する女優さんの年齢層はアラサーと思われ熟成された内面からにじみ出るような美しさは人目を引く、と思っているのは私だけだろうか。

登場する女優さんはいわずもがなだが、特にバックに流れるCMソングには注目だ。歌詞・曲ともに素晴らしい。

シチュエーションはこうだ。自然にあるがままに肩肘張らずに生きているのに素敵な女性を見て、「あなたって不思議だわ、あなたっていくつなの?」、「あなたって素敵だわ、何か秘訣はあるの?」と疑問を投げかける。ありのままでいても愛されているあなたを見ていると、完璧を目指して生きることより幸せに見える。本当に不思議。

「どうしたら、そんなふうになれる?」、「それはリクシールシュペリエルを使えばいいのよ!」

女性心理を見事に具現化していると同時に、仕事にもファッションにも興味があり、かつ、自然体でありたいといったアラサー女性の理想を数十秒の短時間に凝縮している実に魅力的なCMだ。

この曲はEPOの作詞作曲だが、2つのバージョンがある。一つはEPOと土岐が競演しているバージョン、もう一つは少ーしアップテンポの土岐ソロバージョン。どちらも素敵。

競演バージョンでは軽快なEPO独特の節回しが際立っているし、土岐ソロバージョンでは土岐の持ち味である軽い声質、間奏に流れるシンセとそれに合わせた土岐のハミングの調和が素晴らしい。

軽くて素敵な声の持ち主、土岐麻子さんっていったいいくつ位の人だろうとプロフィールを見てみると、御歳39歳。本当に「あなたっていくつなの?」である。















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