パーソナルコンピュータの劇的な性能向上と普及に伴い、いろいろなコンピューター雑誌にペーパーレスについての記事が載っている。

確かに、職場にしろプライベートにしろ紙の書類が無くなったら、どれほど収納ペースが節約できるだろうと思う。また、電子化することによって検索が瞬時に出来たら、どれほどすばらしいことかと思う。

でも、現実は理想と異なり、まだまだ紙の書類を捨てきれずに保存しているのではないだろうか。その収納スペースはかなりなものだし、探し出すのに一苦労する。(「あの」書類があったはずだが、どこにしまっただろう、結局見つからなくて、後でとんでもないところから見つかったりする、私などはすぐにものを捨てる癖があるので、後の祭りで最悪である)

私もペーパーレスについては、雑誌の記事を見ながら「なるほど」と思って、約10年前、自分の回り(職場、家庭)から書類を無くそうとチャレンジを始めた。

結果して未だに100%達成できていない。今までのチャレンジとこれからのさらなるチャレンジについて、少しまとめようと思う。

私のホームページをごらんになった方で、ご意見がある方は参考までにお寄せください。また、いろいろな工夫をされているものがあれば、ご紹介ください。




1.今までのチャレンジ


発端


職場でも家庭でも、メディアの発達、インフラの整備により、受け手の能力に係わらず情報が洪水のように押し寄せてくる。

この情報の洪水に、どのように対処したらよいのか。以前から悩み続けて来た。

問題を整理すると大きく2つあるようだ。

●1つは、大量の情報から自分が必要とする情報を如何に効率よく選別するか。

1つは、取り出した情報を如何に旨く整理するか。
(「旨く整理」するということは、コンパクトにデーターベースとして蓄積し、このデーターベースから必要なデーターを必要なときに如何に早く取り出せるようにするか、を意味する)

この問題に対しては、図書館や専門のデーターバンクが、膨大な資金と人を投入し大規模にやってきた。

近年、パーソナルコンピュータの飛躍的性能向上により、個人でこのような大量なデータを整理することが出来る可能性が出てきた。個人でお金をかけずに問題の解決が出来そうだ。

ということで、チャレンジが始まった。


2.Windows95の発売と現在のパーソナルコンピュータ

Windows
95の発売はセンセーショナルだった。この発売により、パーソナルコンピュータの飛躍的に向上した性能を、GUIという視覚的な操作方法で一般の人がより簡単に使いこなせるような予兆が示された。

あくまでも予兆である。Windows95が出た当時は、まるでパーソナルコンピュータがスーパーマンのように何でも出来るような宣伝がなされていた。いわゆるマルチメディアを絡めて映像、音楽、インターネット、通信等パーソナルコンピュータがその中枢を担うというもの。

でも、パーソナルコンピュータがかなり普及した現在でさえ、私を含めた一般の人がパーソナルコンピュータを駆使して、その性能をいかんなく発揮させ使いこなしているだろうか。

私などは「否」である。未だに使いこなしていない。(使われているといった方が良い。また、ソフトの更新は、そのソフトがまだ使いこなし切れていないうちに行われる)

その大きな原因は機械と人間のインターフェイスにあるのではないだろうか。先に述べたようにGUIにより機械と人間のインターフェイスはずいぶん改善された。だが使いこなすためには、かなり慣れが必要である。

さらに、自由にメモや図を書き込む、紙をめくってスピーディに書類を見る(眺めて概略を掴む)、といった行為は、そのインターフェイスがかなり良くなったとはいえまだまだ紙にはかなわない。

パーソナルコンピュータのハードウエアの発達(処理スピード、ストレージの容量等)は、飛躍的でまるで上限がないようだ。お陰で巨大なデーター(画像や動画等)を瞬時に扱えるようになった。

今や高性能コンピュータと、それらを簡単な操作で行える環境が揃ったのである。

時期を同じくして、コンピュータ雑誌にも「ペーパーレス」が声高に述べられ特集が組まれるようになった。

期は熟したということで、約10年前にさかのぼり、私は非力ながらチャレンジを始めたのであった。


3.準備

ハードウエア


ペーパーレスに必要最小限のハードウエアは、PC、スキャナ、大容量のHD(画像データはコンパクトに保存できるようになったが、それでも容量的にかなり大きい)である。

スキャナはフラット・ベースでオート・ドキュメント・フィーダ付きのものが必要だ。

1枚1枚スキャナにかける作業は、少量の書類であれば面倒さも我慢できるが、大量のものであればセットしただけで機械がやってくれるものでないと、書類をスキャナにかける作業は長続きしない。

とにかく書類をポンとセットすれば、そのまま力任せに読み込んでくれるものが良い。これから楽をさせてもらうので設備投資はある程度致し方ないと割り切る。

ペーパーレス化で重要なキーワードは「面倒でない」ということである。人間面倒なことは長続きしない。仕事の流れ、作業の流れの中に自然に組み込める作業であれば負担をかけない。

(あまり例は良くないが、私などは中年太りなので運動が必要だと思っている。しかし、「歩くぞ」と言って気持ちを切り替えて歩くとなると、かなり重い決心をする必要がある。特に私のような怠け者は、寒いとか雨が降っているとか天候によって決心が左右されがちである。しかし、通勤で一つ前のバス停で降りて歩くというのは、歩く行為を通勤の一部にしているので、慣れてしまえば習慣化しやすい。一旦習慣化してしまえばしめたものである。)

プリンタは持たないことが重要である。持っていると、「どうしても打ち出した方が・・・」という誘惑に駆られる。無いとあきらめがつき、しょうがないので何とか工夫するものである。

HDは、最低2つは必要である。OSやプログラム用のHDとデータ保存用のHDである。

PCにプログラムをインストールしたりすると、OSがおかしくなったりする。OSの修復や再インストールなどする事がたまにある。このようなとき、OSとデーターベースを分けておくと、OSの修復が簡単である。

もちろん、HDは機械部品であるので寿命は有限である。バックアップが必要なことはいうまでもない。

RAID機能を使い別のメディアにバックアップを取る方法も良いだろう。(RAID機能は今のところ使用していないが、そのうちチャレンジしようと思っている)


ソフトウエア

私が使用しているソフトは、富士ゼロックスの「Docuworks」である。

このソフトの特徴は3つある。

1つは、書類を「読み込む」、「読み込んだ時期を電子データ化する」、「コンパクト化する」、「OCR化する」という作業を、スキャナに原稿をかけるだけで一気に出来る点である。

1つは、どんな属性を持った書類でもDocuworks文書になおし、後で編集できるように元のソフトで製作したデータを添付することが出来る点である。

1つは、検索方法が豊富にある点である。

OCR

OCR化することの重要性は、キーワードで検索するときに非常に便利である点である。

書類を探すときに、確かに「○○」と書いてあったな、「○○君が出席していた会議」だったな、「○○」を議論したはずだ、「○○月」ころだったな。とか断片的に覚えているキーワードがある。

私たちはこの断片的な情報を頼りに書類の山から目的の資料を探す。

また、通常、書類を整理する際には分類をする。この分類が曲者である。

OCR化していれば、PCの高速検索機能により思い出すすべてのキーワードで瞬時に検索が可能である。

OCRが精度よく変換されていれば尚よいが、検索のためにはおおよそ70%くらい変換できていれば十分である。

分類の重要性

分類するときに、これは○○関係、これは○○関係というように、カテゴリに分けてファイルに入れ込む。

そのうち、どのカテゴリにも入らない書類が出てくる。カテゴリを新たに追加していくうちはまだよいが、カテゴリのどちらにも入るような書類が出てくる。

「えいやっ!」とばかりに無理矢理どれかのカテゴリに当てはめファイルする。


決まった人が@のファイルにはいるかAのファイルにはいるか判断しているうちはよいが、複数の人や長期間に渡って分類していくうちに、同じような資料なのに@のファイルに入っているものもあればAのファイルに入っているものもある、ということになる。

こうなってくると、検索する行為は膨大な時間を要し、だんだん手に負えなくなる。検索する気にもならない。

膨大な資料がたまって行くにつれて、「分類を見直した方がよい」とか「分類を細分化した方がよい」ということになる。

(ルーチン化された業務から発生する書類や、最初考えた分類が完璧なものであれば途中変更は無いが、通常は必ずと言ってよいほど分類の見直しが行われる)

せっかく膨大な資料を分類してきたのに、膨大な書類を分類し直すことはいったいどれだけの労力が必要か。考えるだけでもおぞましい。

会社では、レコードマネジメントという書類整理をする専門の人がいるが、個人でそこまで人を雇える人はいないだろう。

「超整理法」

このように分類の考え方を理想的に作ることは整理を旨くやることのキーであり重要である。整理が旨く出来る出来ないは分類の考え方にかかっているのである。

野口悠紀雄さん著の「超整理法」では、逆転の発想で分類しないことが整理を旨く行うコツだと言っている。

OCRさえ粗々出来ていれば、PCの性能が良くなっているので、高速で思い付くキーワードは何でも検索できるのである。したがって、高性能コンピューターの世界では分類は必要ない。(と割り切れる)

大胆な発想であるが、書類は分類せずにDocuworksでひたすら電子化するのである。重要なのは合わせて、Docuwoks文書を保存する際にOCR化したデータも属性として保存しておくのである。

当初、このソフトを使い始めた頃、書類を分類せずにランダムにHDにため込むことに一抹の不安があった。

というか、ひょっとして電子化した書類が探せなくなるのではないかとの不安から、書類を捨てないで持っていたが、その必要は一切無かった。

最初は、なかなか分類を止めることが出来なかった。後で検索できなくなるのではないか、との心配があり踏み切れなかったのである。

今では、ランダムに電子化するのに何ら躊躇はない。「その他」というフォルダを作って、ひたすら何でもかんでも電子化し「その他」フォルダに放り込んでおくのである。


「○○」と書いてあったな、「○○君が出席していた会議」だったな、「○○」を議論したはずだ、「○○月」ころだったな。というキーワードで検索をかけるとたちどころに該当文書・書類を抽出してくるのである。

心配無用。分類の方法に頭を悩ませる必要はないのである。


人間はもともと怠け者である。自然体で業務を流しそのまま自動的に整理が出来ていくのが理想である。

「超整理法」が優れているのは、整理上最も重要な分類という作業を、無くすという逆転の発想である。一番重要な事項を省略するというのは勇気がいることである。



デメリット

この電子化の発想は、いかにも理想的で旨くいきそうであるが欠点もある。

書類をコンパクトに蓄積することと瞬時に探し出すことについては申し分ない。問題なのは、閲覧である。探し出した書類を見るところに不便がある。


紙の書類をペラペラとめくってザッと斜め読みする。書類の中身を確認する。ササッとコメントやアンダーラインを書き込む。と言った作業がPCのディスプレイ上では結構やりにくいのである。

やってみると分かるが、画面が小さいので書類全体を見渡せない。人間の目と頭脳の組み合わせは、錯覚も起こすがザッと全体を見てパターン認識をしているようだ。

速読の訓練を受けた人は、文字をパターン認識して、文章をひとかたまりの画像として読んでいる。

書類の一部しか見られないディスプレイは、このパターン認識がやりづらい。ディスプレイを大きくすればよいかというと、そうでもない。

パラパラめくるのがソフトでは出来ない。

書き込みのし安さも重要である。紙と鉛筆を用いて、サラサラと落書きをする感覚で書き込みが出来ることは、非常に楽である。

一方、PCのマウスを使ってファンクションキーを駆使しながら付箋を貼ったり、コメントを書き込んだり、図を書き込んだりできはするが、面倒である。面倒な作業は、そのうちだんだんやらなくなる。

私は、書類を紙の状態で一通り読み、コメントや図を書き込んで、書き込んだものを電子化する。この方がスピードがあり、即座に処理が済む。

そこで私は、電子データについても、そのまま電子データで保存するのではなく、一旦紙にしてコメントを書き込み、Docuworks文書に変換してオリジナルデータを添付しておく。

オリジナルデータを添付するのは、後でこの文章を編集して使うときなどに便利である。オリジナルデータがないものは、先に述べたように、
OCR化しておけば、後で編集し利用可能である。

それにしても、情報を書類に書き込むという動作は、いろいろな意味で非常に優れている。



書類の中身の理解

私は、書類の中身を出来るだけ図で理解するようにしている。

難解な技術文書を簡単な図で表現することは至難の業であるが、訓練を積めばある程度上手になる。さらに、工夫を凝らせば、人に分かりやすく説明できる。人に分かりやすく説明できるということは、自分がその中身について十分理解しているということである。


書類の電子化では、これが難しい。後で書類に書き込むコメント、図等は今のPCソフトではマンマシンインターフェイスがよろしくないのである。

したがって、本末転倒かも知れないが、一旦書類を紙にして書き込みそれを電子化するといったややこしい手順を取ることになる。

約10年チャレンジしてきて、書類の電子化がそれほど進んでいない理由はここにある。これはソフトの改良以外に方法はないようである。

あるいは、逆転の発想でパターン認識的書き込みを止めるという発想もあるが、直感的に長文を効率よく理解するためには、どうしても捨てがたい。

続く








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ペーパーレス化への挑戦